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深谷城 

訪問日:平成22年12月28日

深谷城外堀跡

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築城年:室町時代(詳細な築城年は不明)
築城者:上杉房憲
所在地:埼玉県深谷市本住町

 深谷城は、深谷上杉氏四代目の上杉房憲が築き、それ以来深谷上杉氏の居城となっていた城である。天文二十年(一五六〇)に北条氏康が、上野平井城の山内上杉憲政を攻めた際には、太田資正や長野業正がこの城で北条勢と交戦した。深谷上杉氏は天正元年(一五七三)七代目憲盛の時に北条氏に降伏し、その傘下となった。そして、天正一八年(一五九〇)の豊臣秀吉の小田原攻めに際しての攻撃により落城。深谷上杉氏は所領を奪われ没落した。徳川家康の関東入国後は、長沢松平家三代(松平康直、千代松、忠輝)→桜井松平家の松平忠重→酒井忠勝といった順で入封した。しかし、元和八年(一六二二)酒井忠勝が忍城に転封となると、深谷城は廃城となった。
 現在では、遺構として城址東側の富士浅間神社の周りに水掘の一部が残るのみである。

参考文献:『日本城郭大系』新人物往来社

文責:飛鳥井








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